モーツァルトについて

モーツァルトについて、生涯のことを書きます。
ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルトは1756年1月27日ザルツブルクに生まれる。
父レオポルド・モーツァルト、母アンナ・マリアの7番目の子。

姉ナンネン以外は皆早くに亡くなっている。

この時、父は37歳の宮廷音楽家であった。
息子が天才であることを見出し、幼少時からモーツァルトに音楽教育を与えた。

モーツァルトは父とともに音楽家としてザルツブルクの大司教ヒエロニュムス・コロレドの宮廷に仕えた。
一方で、モーツァルト親子は何度もウィーン、パリ、ロンドン、およびイタリア各地に大旅行を行った。
これは、神童の演奏を披露したり、よりよい就職先を求めたりするためであったが、どこの宮廷でも就職活動に失敗する。

1781年、25歳のモーツァルトはザルツブルグを出て、ウィーンに定住。
フリーの音楽家として、演奏会、オペラの作曲、レッスン、楽譜の出版などで生計を立てた。
ウィーンではピアニストとして人気を誇ったが、晩年までの数年間は収入が減り、借金を求める手紙が残されている。

1787年以降は、ヨーゼフ2世から「宮廷作曲家」の称号を与えられ年俸を受けたが、死ぬまで公的な地位には就けなかった。

1791年、ウィーンでレクイエムの作曲中に35歳の若さで没した。葬式に参列する者は一人もおらず、さみしくウィーン郊外の共同墓地に葬られた。


・1759年
3歳でクラヴィーア(ピアノの前身)を弾き始める。

・1761年
5歳で最初の作曲を行う『アンダンテ ハ長調 K.1a』

・1762年
6歳 1月〜ミュンヘン旅行。9月〜ウィーン旅行(シェーンブルン宮殿にて マリア・テレジア御前演奏。7歳のマリア・アントーニア(後のマリー・ア ントワネット )にプロポーズしたという。)。

・1763年〜
3年間(7〜10歳) パリ・ロンドン旅行。

・1767年〜
2年間(11〜13歳) 第2回ウィーン旅行。オペラ『ラ・フィンタ・センプリー チェ』上演。

・1769年〜
2年間(13〜15歳) 第1回イタリア旅行。ミラノ、ボローニャを経てローマ  へ。システィーナ礼拝堂では、門外不出の秘曲とされていた、ドメニコ・ アレグリ(Domenico Allegri, 1587年?-1629年)の9声部の『ミゼレーレ』 を聴き、暗譜で書き記したという逸話が残されている。

・1771年
(15歳) 第2回イタリア旅行。セレナード『アルバのアスカニオ』ミラノで上演。

・1772年〜
(16〜17歳) 第3回イタリア旅行。ミラノでオペラ『ルチオ・シルラ』上演。

・1773年
(17歳) 第3回ウィーン旅行。

・1774年〜
(18〜19歳) 第4回ウィーン旅行。オペラ『偽りの女庭師』上演。

・1777年
(21歳) ザルツブルクでの職を辞しミュンヘン、マンハイムへ就職旅行だったが成果無し。マンハイムでは、マンハイム楽派の影響を受けた。

・1778年
(22歳) マンハイム→パリ旅行。アロイジア・ヴェーバーに恋愛。
7月3日、同行していた母パリで死す。帰路ミュンヘンでアロイジアに失恋。

・1779年
(23歳) ザルツブルク宮廷にオルガニストとして復帰。

・1780年
(24歳) オペラ『イドメネオ』の準備のためにミュンヘンへ。

・1781年
(25歳) 3月、ザルツブルク大司教ヒエロニュムス・コロレドの命でミュンヘンからウィーンへ。
6月、コロレドと衝突で解雇。そのままウィーンに定住を決意する。

・1782年
(26歳) オペラ『後宮からの誘拐』をウィーンで初演(7月)。
8月3日 父の反対を押し切りコンスタンツェ・ヴェーバーと結婚。

・1783年
(27歳) ザルツブルクで『大ミサ曲ハ短調 K.427(417a)』を上演。
6月長男誕生するもザルツブルク旅行中に死亡。

・1784年
(28歳) 第2子カール・トーマス・モーツァルト誕生。
フリーメイソンに入会(12月)。以後その思想に影響を受けたとみられる。

・1785年
(29歳) 弦楽四重奏曲集をハイドンに献呈「ハイドン・セット」。

・1786年
(30歳) オペラ『フィガロの結婚 K.492』をブルク劇場で初演。

・1787年
(31歳) 「フィガロの結婚」がプラハで大ヒット。
5月父レオポルト死去。
10月新作の作曲依頼を受け、オペラ『ドン・ジョヴァンニ K.527』を作曲、初演。

・1788年
(32歳) “3大交響曲”(交響曲第39番〜第41番)を作曲。

・1789年
(33歳) ベルリン旅行。

・1790年
(34歳) オペラ『コジ・ファン・トゥッテ K.588』初演。
ピアノ協奏曲26番ニ長調「戴冠式」同19番ヘ長調「第二戴冠式」などを演奏する。

・1791年
(35歳) 7月 第6子フランツ・クサーヴァー・モーツァルト(モーツァルト二世))誕生。
最後のピアノ協奏曲第27番変ロ長調作曲(1月)。この曲を自ら初演した3月4日のイグナーツ・ヤーン邸でのコンサートが、モーツァルト最後のステージとなった。

プラハで行われたレオポルト2世のボヘミア王戴冠式で、オペラ『皇帝ティトの慈悲』K.621初演。

9月、シカネーダー一座のためにジングシュピール『魔笛』K.620を作曲、初演。

健康を崩し、11月から悪化。12月5日にウィーンで35年の生涯を終えた。


遺体が埋葬された位置は不明である。

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